タランティーノの「ヘイトフル8」のこと

  
 ヘイトフル8を見終えてすぐに、東京に住むあのマッドマックスを見て、両目からマグマのように赤い血を吹き出していた盟友の顔が浮かんだ。

 「これを見て」と一刻も早く伝えなくちゃと思った。

 劇中の、良識を鼻で笑うグロテスクさ、血は、赤血球とかではありません。紙吹雪ですってな感じの容赦ないヴァイオレンス、これぞタランティーノとばかりに全開な濃厚なケレン味
 
 さらには、映画の舞台が荒木先生のあのスティールボールランをいやがおうにも彷彿とさせる血も涙も乾く武骨な西部劇世界。もう完全に「こんなん好きなんやろ」の範疇で間違いないと骨が軋むほど確信したからだ。

 サミュエル・L・ジャクソンに、カート・ラッセルティム・ロスと揃いも揃った演技巧者の怪人たちの中でも、ひときわ突出していたのは、おいしい役どころではあるのを差し引いても、どす黒い輝きを放っていた一万ドルの賞金首の女盗賊デイジー・ドメルグこと、ジェニファー・ジェイソン・リーだ。

 他人の命や尊厳なんて石ころって感じの堕ちるところまで墜ちきり、腐った香りが逆説的な魅力を持つに至った人間の荒み加減の演技がうまくてうまくて、唾を吐いたり、鼻をかんだり、悪態をつく様子から何からがもう憎たらしいったら、ありゃしない。

 鑑賞中、映画に入りすぎて、ドメルグへの怒りに震えて、何度も、そのへんのゴミを思いきり投げつけたくなった。
 でも、そのモストデンジャラスな屑っぷりの持つ超強力な磁力にまんまとしてやられて終始釘付けにさせられた。

 また、途中でギターをつま弾いてほろっと歌を歌うあたりに、そこから、やろうとしてることはまさに鬼畜の所業なんだけど、その音楽を奏でる姿にちゃんと善良な魂も一ミリぐらいはあるんだよというのがほんの一瞬だけ垣間見れて、デイジーの悪辣なだけではないデュアルな可能性を秘めた人格の奥行きを想像させ、なんとも言えなくなった。

 サミュエル・L・ジャクソンも格好いいし、言うことなしなんだけど、このヘイトフル8は、完全にドメルグで回っているでしょうよと思った。でも、ドメルグ中心の映画と言い切ったら、言い過ぎかな。

 もう十二分に言ってるわと言われたら、無駄に頑張って「それは人による。」と強い目で「どうして、いつも兄貴と比べるんだよ」と父親に反抗の言葉をぶつけるかわいそうな弟ばりに、はっきりくっきりと毅然と答えたいが、言えば言うほどネタバレになるのは、全く、反論の余地もなく、そのとおりっちゃそのとおりなので、このへんで幕引き。