小川アナ

報ステ
小川アナと嵐の桜井の交際。
基本
最終的にはみんな個人の自由だから
何も言う必要も権利もないけど
無理矢理言ってみようか。
何も言いたくないし
特に何もないけど言ってみようか。

報ステ
古舘さんいなくなってから
あの畳み掛ける言葉のリズムも
久米さん譲りの
反権力的なポーズもなくなって
いよいよ
初代久米さんイズム的な
エスプリの効いた
「ニュース番組にイノベーション
の色も消えてしまって

富川アナ
三代目のボンボンって感じで
落語に出てくる若旦那みたいに
なんだか頼りなく見えて

いまいち
報ステ」をどうしたいのかが
見えない感じ
久米さん、古舘さんと受け継いだなにかが
ただただ薄まっていく感じ
それなりにちゃんとやってるし
自分ならできないけれども
とにかく
ただただ薄まっていく感じ

時の政権に睨まれずに
視聴率はガッチリ掴みたいのか。
それもわかるけど
それでいて、なんとなく
反権力への未練もある気がするから
どうにも中途半端だ。
富川アナだけのあれじゃないにしても
番組の代表だからそう見える。

隣に小川アナを従えて
微笑ましいっちゃ、微笑ましいものの
どこか
学級会みたいなしゃらくさい雰囲気もあって
まあまあ、嫌いではないけど
これではない感がずっとあった。
古舘さんがいなくなってから
見る回数は激減した。

そこに来て
小川アナのそれ。
なんだろうね。
小川アナの何かが見えてしまった
感じがする一件だ。
ミステリアス故によかったんだなと
それによって
個人的には
報ステの見方も変わってしまう。

これは陰謀じゃないか(笑)
報ステの求心力?
があるとすれば
からめ手から来たんじゃないか(笑)
クソー。

Rー1についてのつぶやき

チャンネル回すと
Rー1
おっ、紺野ぶるま
どす黒い微笑み。

紺野ぶるまに誰も入れてくんなかった。
っていうと下ネタがよぎる。

そもそも紺野の芸風的にもよぎる。
ネタが始まった時にも
そんなに知らないから
下ネタ漫談かな?と思った。
浮気で揉めてた時に
あれがぺちんって頬っぺたに当たって
我に返ったっていう
あのハートウォーミングな話かな?
と思った。
すると中国人占い師のネタだった。
失礼な話 意外としっかり作られてた。
ネタもいいけど
本人から醸し出される。
クズ感がたまらなかった。
「行き場を失ったオリーブオイル」
のフレーズも琴線に触れた。
よーし、一票だ。


ところが
板尾さんも、清水のミッちゃんも、ヒロミも、関根さん窓辺のマーガレットも入れてくんなかった。
残念だ。
入れてもあの重森さと美のまがい物みたいな元気印が勝つんだから
罰当たらないよ。
そうじゃないのだろうけど
うっすら中国人をバカにしてたから?
これをやるのにヘイトを感じさせないには
ゼンジー北京的に突き抜けないとダメなのか。
それは、俺もいい気はしなかったよ。
なんとなく
だから、胡錦濤に気を使った?
今後、米中
どちらに乗り換えてもいいように?
いずれ、インバウンド大事だもんね。


次は、マツモトクラブがいいなと思った。
スケッチっていうのか?
シチュエーションコントの
駅のホームでの風景を
切り取ったやつ
ちょっと、じんわりしたし
いいじゃないか。
マツモトクラブ
稲垣吾郎に似てんな。
よーし、マツモトクラブだ。

ところが、
板尾さんも、清水のミッちゃんも、ヒロミも、関根さんも、若い頃のさんまにガミガミ言った人も入れてくんなかった。
残念だ。
入れてもあのデジャブの塊みたいなブルゾンが勝つんだから
罰当たらないよ。
With Bがいない分 精彩を欠いてたけど
バックの事務所に気を使った?
ねぇ?やっぱ出来レースなの?
レコ大と一緒?
石出奈々子じゃないけど、夢、見たいよ。

よりによって
アキラ100パ ーセントか。
なんだろうか。
白い恋人面白い恋人みたいな。
もういいよ。
購買意欲沸かないよ。
ザコシは、不思議な面白さを咲かせてるからいいけど
こういうアキラは、いいよぉ。

おいでやすが
地味なルックスに似合わず
アグレッシブに噛みついていくのがツボだった。

時事のつめあわせ

①トランプさん
 「出入国」ってのは、
「権利」でもなんでもなく、「アメリカの王様」である「時の大統領」が「いいよ」と言ってるからかろうじて成立してるんだよと教えてくれた人。ありがとう。信用しません。
 そもそも「全ての権利」は「権力が許すこと」によってあるようなもろくて弱いものなんだなぁとしみじみ。でも、戦え!何と?って感じがある。


金正男暗殺
 どこの国にいても、手の届く恐ろしさ。この国のセキュリティは、大丈夫?大丈夫じゃないんだろうなぁ。
 殺人のオペレーションをプロセスで割って振り分けたのか?殺意を隠すため?金田一少年の電脳山荘を思い出したよ。
 敵と味方から「手札」として扱われるような人生。金も女もあったし、利用してる節もあるけど、最後に殺されちゃうのは、もう言葉もない。
 

清水富美加
 本人にこれをさばく力はないんじゃないか。全体を公平に見れる大人の人が、静かに淡々と落とし所に見つけていくのだろう。
 芸能界も我が国の職場のひとつだから、環境が改善されていくのはやぶさかではないが、爆弾を落とすようなやり方でしか変えられないならば苦笑を禁じ得ない。
 もっと、穏やかな話し合いから、正攻法でブラックなところを薄めていければいいのだけれど、そうもいかなそうではある。
「全部、言っちゃうね。」は、全部、言ってないんだろうなぁ。とため息をつかせるだけ。
どうせ、20年ぐらい経つと「続・今だから全部言っちゃうね。」出すんだろ?って思う。
チラっと、内容見たけど、言ってない感じするし。

 

 

 
 

カルテットにおけるフラットな存在感

カルテット2話目
今回は、別府こと松田龍平の回だった。

 大島渚の「御法度」や松尾スズキの「恋の門」の映画に出始めた頃は、もうちょっと違かったと記憶しているが、「舟に乗る」、「あまちゃん」の頃には、松田龍平は、いつのまにやら、ボソボソと能面に近い表情で喋る俳優になった。悪く言うつもりは、ないが、よくコンクリートのところを黙々と這っているようなジメジメ感のないでんでん虫のようなイメージだ。

 鶴瓶さんのやってる「A-studio」にこの間、カルテットに出ている高橋一生が出ていたのを見た時、間違ってるかもしれないが、このような趣旨のことを喋っていた。

○「自分は、役をやっている意識は、なくて、そのまんま台詞を喋っていくことで役になっていく。」

→身体を「ハード」、台詞を「ソフトウェア」としてインストールしていくことで演じるという方法だろうか。

 これは、松田龍平にもあてはまる話ではないか。
 松田龍平も「役を演じている感」がフラットであるように感じられる。別府という男のようでありながら、松田龍平その人でもあるように感じられる。満島ひかりも、また、そのような感触が伝わってくる女優さんだ。

 一方、松たか子だけ、主要4人の中で、違う手触りの演技の方法をやっているんじゃないかと自信はないが、自分は感じる。松たか子だけ、松たか子じゃなく、巻さんとして軽井沢にいる。

 そして、まだまだ途中だが、このお話は、松たか子を中心にして回っていくような話のように思うので、そのような、巻さんこと松たか子松たか子でないこと、つまりは、ミステリアスで底が知れないことはプラスにしかならないため、自分がそういう見方をするからそうなっているだけだとは、思いつつも、万が一そこまで計算しているのならば、ほんと、スタッフや役者さんたちは非常に優秀で素晴らしいなと思うのだ。

 今回、別府さんこと松田龍平の同僚として出てきた菊池亜希子さんの演技が心地よかった。女優さんとしての能力の高さを感じた。非常にきれいな女優さんだし、思わぬめっけものだった。
 

ピコ太郎という名前の泡

 「ペンパイナッポーアッポーペン」は素晴らしい。言葉遊びとして、何も知らない状態で谷川俊太郎あたりが作ったと吹き込まれたら、うかつに信じてしまいそうだ。
   
 ボキャ天世代としては、爆笑問題くりぃむしちゅーなどのラジオから、チラチラと話は出てくるものの、いまいち活躍しきれていなかった古坂大魔王が売れたのはめでたいことだ。

 それにしても、忘れられがちなのは、これは「ジャスティン・ビーバー」発信だってこと。
 「ジャスティン・ビーバー」抜きに「ピコ太郎」は存在しないかもしれず、「ピコ太郎」本人は、「ジャスティン」に恩義を感じていても、お茶の間は、この現象は、「ジャスティン」による逆輸入だということを忘れてしまいがちだ。日本での「ジャスティン」は今のところそんなでもないが、世界における「ジャスティン」はすごいんだぞってことをよくわからないが、わかってもらいたくなる。あまりにも忘れられ過ぎてて。

だから、もうあるかもしれないが、「ピコ太郎、ジャスティンに会いに行く」って企画がテレビであってもいいんじゃないか。ピコ太郎の出身県の青森の甘い赤飯やら高級りんごなんか持ってったらいい。

 あ、古坂大魔王がピコ太郎の友人みたいなって設定はすべってるから本人のためにも一日も早くやめて欲しいなって思ってる。

 個人的には、ミヒマルGTと一緒にいるときの古坂大魔王のしゃべりが一番好きなので、あの感じが早めにテレビで出てくればな、惜しいなと思ってる。

 現代の消費のサイクルがスピード感ありすぎて、「飽きてきたタイミングで大量にCMに出てくる」のは、ぜんぜん、本人のためにならないから、やめてあげてほしいなって、思う。もう、食べれないのに、口をこじ開けられて炊いた米を詰め込まれたら、強力なネガティブキャンペーンしかならないから。

 と、今更ながらの「飽きてきたタイミング」で炊いた米を口に突っ込むようにブログに書いてみた。

おしまい。

 

江角マキコの引退~それは、one way driveなのかい?~

 「江角マキコ・引退」だそうだ。報道を見ていると、根拠なしだが、なーんとなくしばらくすると、戻ってきそうな予感がする。

 それが、「不倫疑惑」の追求を避けるための雲隠れプランで、ほとぼりが冷めて、戻る腹づもりがあるなら「休止」にすればいいのにと老婆心ながら思っている。どんなもんだろう。そうしといて、戻ってきたらいいのに。その方が、ハードルは下げられる。

 この人の悲劇みたいなことがあるとしたら、その始まりは、「江角マキコ」が、「江角マキコ」じゃないことに始まるんじゃないか。

 あの大ヒットドラマ「ショムニ」が当たったばっかりに、みんーな「坪井千夏」の役柄と「江角マキコ」の人間性を混同してしまったような気がする。

 だから、「坪井千夏」のように、姉御肌で、ちゃんとした意見があって、なんだかんだしっかりしていて、言いたいことは言うみたいな、そういうキャラクターが「江角マキコ」になっているのだ。

 一連のスキャンダル「年金未納」、「落書き」、「不倫疑惑」から見えてくるのは、「江角マキコ(坪井千夏)」は、「江角マキコ(本来の人間性)」じゃないということだ。

 弱くて、ずるくて、堂々していない姿。でも、それは、平均的な人間像ではなかろうか。
 むしろ、至極、普通ではないかと思うのだが、忘れた頃にまたぞろ「坪井千夏」を引きずった「江角マキコ」としてカムバックしてくるからいけない。

 たぶん「坪井千夏」は、年金を納めてなくても「年金?なんで、納めなきゃいけねぇんだよ!」って言う気がするし、落書きについては、少なくとも人に命じては、しないと思う。

 とにかく江角さんというと、「坪井千夏」成分よりも、どちらかというと、「ゴチ」なんかで見せるような、ちょっと、抜けている感じの笑える隙のある江角さんの方が、味があって、周囲にも親しまれていたのだと思うが、ご本人はどう考えていたのか。

 個人的には「one way drive」が大好きなので、江角さんには、ぜひ、復帰して全力で歌ってくれることを期待してやまない。
 

 

頼むよ、テレ朝「グットモーニング」


 毎朝、出勤前にずっと見ているのは、テレビ朝日の「グットモーニング」だ。
 
 好きなコーナーは、林先生の「ことば検定」。塾生になった気分で東進ハイスクールを疑似体験している。いい宣伝だ。

 1個気になってんのは、これで、いつも「正しいやつはどれでしょう?」と3択クイズを出すのだが、それが、終わると「参加してくださった方ありがとうございました。」と言うのだ。

「お礼いる?」って思っている。
自由参加だから、いらないんじゃない?って思うんだ。
忙しかったり、興味のない人はやらないし

 むしろ、お礼を言うことでクイズに参加しただけでお礼を言われるって、思う人を作らないか?って思うんだ。

なんだよ?クイズやったら、ありがとうって?って思っている。つまらないことだが
‥‥‥。

そして、本題。去年のグットモーニングのアナウンサーの不倫問題だよ。

どうした?テレビ朝日
どうした?品川もテレビ朝日じゃなかったかい?

 なぜ、久々に思い出したかというと
江角マキコの不倫」というフレーズが島本アナの口から飛び出したからだ。
「待て、待て、待てぇーー。」と思った。

それでぐっすり寝た子がパッチリ目を覚まして
「あれぇ?テレ朝は、自分の家の問題も片付けないで、よそんちのこと、言えるんだ?」と思ったのだ。

 このうやむやフェイドアウト方式は、成功率が高そうな分、腹が立ってしょうがない。

 実際に「ダマリーノ柏木」は、手越との件、薄いわだかまりを残しつつも、なんとなく成功してるけどね。好きだったな、これがあるまでは。逆に嘘をついてくれたら、そのファンタジーにあえてのったんだけどねぇ。

 テレ朝が誰かの不倫を報道する限り、墓穴を堀り続けるという、番組の性質上、寝た子は何度でも起きるので、けじめつけてくださいよ、「スッキリ」させてくださいよ。