Rー1についてのつぶやき

チャンネル回すと
Rー1
おっ、紺野ぶるま
どす黒い微笑み。

紺野ぶるまに誰も入れてくんなかった。
っていうと下ネタがよぎる。

そもそも紺野の芸風的にもよぎる。
ネタが始まった時にも
そんなに知らないから
下ネタ漫談かな?と思った。
浮気で揉めてた時に
あれがぺちんって頬っぺたに当たって
我に返ったっていう
あのハートウォーミングな話かな?
と思った。
すると中国人占い師のネタだった。
失礼な話 意外としっかり作られてた。
ネタもいいけど
本人から醸し出される。
クズ感がたまらなかった。
「行き場を失ったオリーブオイル」
のフレーズも琴線に触れた。
よーし、一票だ。


ところが
板尾さんも、清水のミッちゃんも、ヒロミも、関根さん窓辺のマーガレットも入れてくんなかった。
残念だ。
入れてもあの重森さと美のまがい物みたいな元気印が勝つんだから
罰当たらないよ。
そうじゃないのだろうけど
うっすら中国人をバカにしてたから?
これをやるのにヘイトを感じさせないには
ゼンジー北京的に突き抜けないとダメなのか。
それは、俺もいい気はしなかったよ。
なんとなく
だから、胡錦濤に気を使った?
今後、米中
どちらに乗り換えてもいいように?
いずれ、インバウンド大事だもんね。


次は、マツモトクラブがいいなと思った。
スケッチっていうのか?
シチュエーションコントの
駅のホームでの風景を
切り取ったやつ
ちょっと、じんわりしたし
いいじゃないか。
マツモトクラブ
稲垣吾郎に似てんな。
よーし、マツモトクラブだ。

ところが、
板尾さんも、清水のミッちゃんも、ヒロミも、関根さんも、若い頃のさんまにガミガミ言った人も入れてくんなかった。
残念だ。
入れてもあのデジャブの塊みたいなブルゾンが勝つんだから
罰当たらないよ。
With Bがいない分 精彩を欠いてたけど
バックの事務所に気を使った?
ねぇ?やっぱ出来レースなの?
レコ大と一緒?
石出奈々子じゃないけど、夢、見たいよ。

よりによって
アキラ100パ ーセントか。
なんだろうか。
白い恋人面白い恋人みたいな。
もういいよ。
購買意欲沸かないよ。
ザコシは、不思議な面白さを咲かせてるからいいけど
こういうアキラは、いいよぉ。

おいでやすが
地味なルックスに似合わず
アグレッシブに噛みついていくのがツボだった。

カルテットにおけるフラットな存在感

カルテット2話目
今回は、別府こと松田龍平の回だった。

 大島渚の「御法度」や松尾スズキの「恋の門」の映画に出始めた頃は、もうちょっと違かったと記憶しているが、「舟に乗る」、「あまちゃん」の頃には、松田龍平は、いつのまにやら、ボソボソと能面に近い表情で喋る俳優になった。悪く言うつもりは、ないが、よくコンクリートのところを黙々と這っているようなジメジメ感のないでんでん虫のようなイメージだ。

 鶴瓶さんのやってる「A-studio」にこの間、カルテットに出ている高橋一生が出ていたのを見た時、間違ってるかもしれないが、このような趣旨のことを喋っていた。

○「自分は、役をやっている意識は、なくて、そのまんま台詞を喋っていくことで役になっていく。」

→身体を「ハード」、台詞を「ソフトウェア」としてインストールしていくことで演じるという方法だろうか。

 これは、松田龍平にもあてはまる話ではないか。
 松田龍平も「役を演じている感」がフラットであるように感じられる。別府という男のようでありながら、松田龍平その人でもあるように感じられる。満島ひかりも、また、そのような感触が伝わってくる女優さんだ。

 一方、松たか子だけ、主要4人の中で、違う手触りの演技の方法をやっているんじゃないかと自信はないが、自分は感じる。松たか子だけ、松たか子じゃなく、巻さんとして軽井沢にいる。

 そして、まだまだ途中だが、このお話は、松たか子を中心にして回っていくような話のように思うので、そのような、巻さんこと松たか子松たか子でないこと、つまりは、ミステリアスで底が知れないことはプラスにしかならないため、自分がそういう見方をするからそうなっているだけだとは、思いつつも、万が一そこまで計算しているのならば、ほんと、スタッフや役者さんたちは非常に優秀で素晴らしいなと思うのだ。

 今回、別府さんこと松田龍平の同僚として出てきた菊池亜希子さんの演技が心地よかった。女優さんとしての能力の高さを感じた。非常にきれいな女優さんだし、思わぬめっけものだった。
 

江角マキコの引退~それは、one way driveなのかい?~

 「江角マキコ・引退」だそうだ。報道を見ていると、根拠なしだが、なーんとなくしばらくすると、戻ってきそうな予感がする。

 それが、「不倫疑惑」の追求を避けるための雲隠れプランで、ほとぼりが冷めて、戻る腹づもりがあるなら「休止」にすればいいのにと老婆心ながら思っている。どんなもんだろう。そうしといて、戻ってきたらいいのに。その方が、ハードルは下げられる。

 この人の悲劇みたいなことがあるとしたら、その始まりは、「江角マキコ」が、「江角マキコ」じゃないことに始まるんじゃないか。

 あの大ヒットドラマ「ショムニ」が当たったばっかりに、みんーな「坪井千夏」の役柄と「江角マキコ」の人間性を混同してしまったような気がする。

 だから、「坪井千夏」のように、姉御肌で、ちゃんとした意見があって、なんだかんだしっかりしていて、言いたいことは言うみたいな、そういうキャラクターが「江角マキコ」になっているのだ。

 一連のスキャンダル「年金未納」、「落書き」、「不倫疑惑」から見えてくるのは、「江角マキコ(坪井千夏)」は、「江角マキコ(本来の人間性)」じゃないということだ。

 弱くて、ずるくて、堂々していない姿。でも、それは、平均的な人間像ではなかろうか。
 むしろ、至極、普通ではないかと思うのだが、忘れた頃にまたぞろ「坪井千夏」を引きずった「江角マキコ」としてカムバックしてくるからいけない。

 たぶん「坪井千夏」は、年金を納めてなくても「年金?なんで、納めなきゃいけねぇんだよ!」って言う気がするし、落書きについては、少なくとも人に命じては、しないと思う。

 とにかく江角さんというと、「坪井千夏」成分よりも、どちらかというと、「ゴチ」なんかで見せるような、ちょっと、抜けている感じの笑える隙のある江角さんの方が、味があって、周囲にも親しまれていたのだと思うが、ご本人はどう考えていたのか。

 個人的には「one way drive」が大好きなので、江角さんには、ぜひ、復帰して全力で歌ってくれることを期待してやまない。
 

 

頼むよ、テレ朝「グットモーニング」


 毎朝、出勤前にずっと見ているのは、テレビ朝日の「グットモーニング」だ。
 
 好きなコーナーは、林先生の「ことば検定」。塾生になった気分で東進ハイスクールを疑似体験している。いい宣伝だ。

 1個気になってんのは、これで、いつも「正しいやつはどれでしょう?」と3択クイズを出すのだが、それが、終わると「参加してくださった方ありがとうございました。」と言うのだ。

「お礼いる?」って思っている。
自由参加だから、いらないんじゃない?って思うんだ。
忙しかったり、興味のない人はやらないし

 むしろ、お礼を言うことでクイズに参加しただけでお礼を言われるって、思う人を作らないか?って思うんだ。

なんだよ?クイズやったら、ありがとうって?って思っている。つまらないことだが
‥‥‥。

そして、本題。去年のグットモーニングのアナウンサーの不倫問題だよ。

どうした?テレビ朝日
どうした?品川もテレビ朝日じゃなかったかい?

 なぜ、久々に思い出したかというと
江角マキコの不倫」というフレーズが島本アナの口から飛び出したからだ。
「待て、待て、待てぇーー。」と思った。

それでぐっすり寝た子がパッチリ目を覚まして
「あれぇ?テレ朝は、自分の家の問題も片付けないで、よそんちのこと、言えるんだ?」と思ったのだ。

 このうやむやフェイドアウト方式は、成功率が高そうな分、腹が立ってしょうがない。

 実際に「ダマリーノ柏木」は、手越との件、薄いわだかまりを残しつつも、なんとなく成功してるけどね。好きだったな、これがあるまでは。逆に嘘をついてくれたら、そのファンタジーにあえてのったんだけどねぇ。

 テレ朝が誰かの不倫を報道する限り、墓穴を堀り続けるという、番組の性質上、寝た子は何度でも起きるので、けじめつけてくださいよ、「スッキリ」させてくださいよ。
 


 

今季は、「カルテット」だ。

 今季のドラマは「カルテット」ではないか。

 「全員、片想い、全員、秘密あり」のラブ・サスペンスと銘打つこのドラマ。

 出てくる人たち、松たか子松田龍平満島ひかり高橋一生 全員、演技が上手くて何の心配もなし

 惜しむらくは、「銭の戦争」の渡部篤郎、「ナオミとカナコ」の高畑淳子的怪演がないところか。

 弱そうだなってところは、吉岡里帆ぐらいかな。まだ、若いし。

 脚本は、「それでも生きていく」、「mother」、「最高の離婚」の坂元さんだし、見た人は、もたいまさこなんだろう?やっぱり猫が好き以来だなって思ってたら、最後の方で「そういうことね。」とニヤリとさせられる。

「問題のあるレストラン」とか「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」とかあったけど、今回は、当たりではいか。

 心に残ったのは、みんなで唐揚げを食べるシーン。全部にレモン汁をかけようとするのを高橋一生が「かけたくない人もいるから、個々にかけたらいい」と言う場面。
 空気が悪くなるのに構わず、理屈を述べていく姿に膝を打った。
 「そうだよな。」と思った。でも、この世の大多数は、そんなこと言う高橋一生の役みたいな人を「めんどくさいやつ」として処理するんだろうな。仕方ないか。
 
 あとは、満島ひかりが可愛いんだ。なんてったらいいか、服が似合う。モデル的な身体性ではなくて、人物的な精神性から来る服のフィット感っていったら、いいだろうか。園子温の「愛のむきだし」の頃から、可愛いが磨きが加速するばかりの天井知らずだ。

 余談だが、この「全員、片想い、全員、秘密あり」というのは、「ハチミツとクローバー」を思い出した。
 昔、「ハチクロ」の結末を知りたくて、ある女の人に「最後は、誰と誰がくっつくの?」と聞いたら、食い気味に「誰も幸せにならない!」と言われたのを思い出す。引いた。言葉に体重が載ってた。なんだったのだろう。

ロン毛は、病気じゃない

 去年、同級生たちが集まり、お酒を飲みながら、話をしていた。
 その中で、ある人物がある場面に集中豪雨的に「何?そのロン毛」と言われていたことがあった。

 確かに、言ってるとおりの正真正銘掛け値なしのロン毛なのである。
 しかし、恥ずかしながら、自分としては、そのロン毛をあまりにも自然なこととして受け止め過ぎていて「何?そのロン毛?」って、思ったことがゼロだったから、自分が言われたわけじゃないけれど、まるで自分が言われたかのように焦り、心揺れた。

 その人たちの意見は、大正論な意見で大アリだと思った。そのとおりじゃないかなって。

 そもそも、昔の侍って、ちょっと趣旨は違うけどロン毛じゃない?それに意味は違うけど、女の人たちだってロン毛じゃない?グループサウンズの人とかやってなかった?マチャアキもそうじゃなかった?かぐや姫は?それこそ金八は?熱中時代は違うか。夕日ヶ丘の総理大臣は違うかってのはあるが、

 ロン毛って、やっぱり保守的な日本人の目からしたら男性のとしては、いくら、キムタクなどのパイオニアが文化的風穴を開けようが、ブラピがゴーマルシャンと歌おうが、まだまだ、時代の段階的には、そこまで推奨はされてないというか、スタンダードではないような、嫌悪感は薄まっても、ちょっといただけない髪型だとされている気がする。

 だから、ロン毛は、未だに若干の「異端者のしるし」として機能している現状というのが、厳密には知らないが、あるとすれば、「そのロン毛、何?」という方が誰が見ても圧倒的に正しく、むしろ、言われた人がそういう風に変に思われたり、損しないように、心からの親切心で言っているに違いないのだ。

 じゃあ、自分はというと、その人のことを「ロン毛でいいんじゃないか。」と思っているのである。ジョジョアバッキオみたいで、いいじゃん。決して似合ってなくはないと思うしと。

 それは、なぜかと尋ねられたら、自分はその人に「異端者」であってもらいたいと思うからだ。

 だから、こっちに迷惑をかけたり、公序良俗に反したり、その人の命を縮めることでない限りは、むしろ、もっともっと破壊的に、アヴァンギャルドに燃やし尽くす勢いでやってくれないかと思っているのだ。

 バカな話で恐縮だが、へそピアス・舌ピアス、右手をドリルにしたり、サイコガンにしたり、ロックマンにしたり、顔面を実家に帰るときだけ「ヘル・レイザーのピンヘッド」風にしたり、命に別状さえなければ、「ホムンクルス」の「トレパネーション」なんかもやってくれたらなと本人には伝えないが密かに思っている。

 言ってみれば「サイキックTV」のジェネシスのクラスまで、行ってくれたらってのがある。そうなったら、極点まで達したリスペクトの念から、ほんと土下座するしかない、降参の意味で失禁するしかないと思うし、自分は、壊れたサルのおもちゃのように手を狂い叩いて喜ぶのが目に浮かぶ。

 
 

 

「SMAP解散」、目線の変化

 「SMAP解散」って、きちんとしたファンでもない自分には、ちょっと寂しいなぐらいの影響かなって思ってたら

 その後、元SMAPのメンバーがひとりでバラエティーなんかに出てきた時、見るまなざしが、こうも変わるのかと自分で自分に驚いた。

 テレビだから、そんなバカなとは、思うが、しなくていいのに、なんかこっちが人見知りするのである。

 言ってみれば、例えば、行きつけのガソリンスタンドのお兄さんなんかと、街中で偶然出くわした時に、「ガソリンスタンドのお兄さんの感じ」じゃなかった時の戸惑いと言ったらいいだろうか。

 または、余計なことを言うと、「会社社長のおじさん」がいろいろあって「ただのおじさん」になった時の「会社社長だから」と気を回してかさ上げしてた分扱いに困る感じと言ったらいいだろうか。

 ガソリンスタンドじゃ、遊んでなさそうな感じだったのに、チャラチャラしたの雰囲気とか服装とかで、現れた時に「あ、どうも。」と声をかけづらいときのあの感覚。

 社長だからと、普通のおじさんより、持ち上げてたのに、何の権力もなくなって、それなのに偉そうな口ぶりが抜けてなくて、それへの違和感のような感覚。

 今まで、いかに「SMAPの」という枕詞をつけてそれぞれを見ていたのかと気づかされる始末だ。

 だから、今後は、晴れてなのか、個人になったわけで、個人としてのまなざしへチェンジするまでのこの期間と思えばよいのだろう。

 ちょっとずつ、その傾向(「キムタクのタトゥー的なやつ」)があるが、これからは、「SMAPして守らなければいけないこと」が解禁となり、例えば、人気を左右するような「猟奇犯罪マニアです。」とか「飲尿療法が日課です。」とか「2次元しか愛せません」とか「事故物件に選んで住んでます」とか人気商売ゆえの隠し玉が出てくるんじゃないかとワクワクしている。

 勝手な話、稲垣吾郎香取慎吾あたりがそのへんの埋蔵量が巨大な気がする。