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ベッキーと乙武さん

 ワイドナショーベッキー乙武さんが出ていた。

 いつのまにか、ワイドナショーは、すっかり芸能人再生工場になった感がある。

 松本人志の善なる意思が働いた結果なのだろうか?
 それとも、たけしさんが山本モナなべやかんを事務所へ入れたようなことの流れなのか?

 まあ、いずれにしろ、こういう受け皿は、絶対にあった方がいいに決まってるので、もしかしたら、話題性的に単純に数字になるからおいしいキャスティングなのかもしれないけど(ギャラも前より安く済むかも)
 しかしながら、すねに傷ができても出演できる場所があることは、素晴らしいと思う。スタートしたくても、スタートできる場所がなきゃつらいってもんじゃない。

 乙武さんには、あんまり言うことがない。乙武さんの歩んできた道、背負った運命には、いまいち想像が届きにくいところがある。

 そのへんが、直接的に不倫するということへ、どのような割合で結びついていたかが分かりづらい節がある。

 ちょっと、フローチャートを考えると、①生まれつき性欲が強い方→②パートナーが忙しい→③かといって自分じゃ無理→④パートナー以外の助力がほしい→⑤他の人の手を借りる=不倫(ひとつの関係が終わり、また、始まる=連続不倫)みたいな。

 性欲には、プチ地獄みたいな面や強さがある。
 乙武さん以外なら、③で終わらせることもできる。セルフケアできるから。
 でも、できないから④へ進んじゃった、しかもモテるしみたいなことじゃなかろうか。

 奥さん、かわいそうって話がある。そりゃそうだ。でも、ご本人がどう思うかなので、外野はかわいそうだなと勝手に思うだけだ。

 対して、ベッキーだけれど、文学的深みに欠ける(笑)
 前々から、この人は、したたかだなって思ったけれど、個人的に、矢口真里よりも、人間の太さを感じる。そのうち、自分でなんとかするんじゃない?って強さを感じる。

 古市さんの「騒動で、好感度を失った今、自分には何が残ってると思うか?」に「今は、目の前のことをやる」みたいな返しも強い、強いなぁと思ったよ(笑)
  
 なんで、そんなことを?ってちょっと、ムカついただろうけど、こういう状況を抜きにしても、ベッキーベッキーの強みを自分自身でなんて言うのかは、気になったから、もっと、真正面からの答えも欲しかった。

 あとは、ウェンツへのプレッシングも強い気がしたし、
 まぁ、でも、緊張していたことは、分かったから、そこからのあれだと思うけど

 むしろ、川谷絵音の方が今や「動く不幸の手紙」みたいになってて、ベッキーよりもしぶとく呪いかかってるんじゃないか?と思うのよ(笑)

 だから、ベッキーじゃなくて、川谷絵音の方を出してほしいよ。ワイドナショーに。今年の願い(笑)

SMAPの終わり、幼年期の終わり


 この間のスマスマで、SMAPは、とうとう幕を閉じた。
 
 いいともが終わった時と違うのは、いいともは、中心となるタモリさんと時代時代の人気者たちが一丸となって、作り上げた番組だったんだなというのに対し

 スマスマは、ほんとに基本は、SMAPとstaffが作り上げた番組だったのかなという感じの違いがある。

 もちろん、人気者たちの力を借りてるのは同じだけど

 SMAPの解散を通じてわかったことは、 いつの時点かは、分からないが、知らず知らずのうちにSMAPは、「SMAP(中居・稲垣・草剪・香取)+木村拓哉」だったのではないかということだ。2派統合チーム。
 

 実態は、ずーっと前から、「SMAP(中居・木村・稲垣・草剪・香取)」ではなくて「SMAP feat 木村拓哉」に近かったのかな、そうだったのかな。それが正解かっていう。

 まぁ、どうしてもグループだから、仲良しに違いないって先入観的な見方や、仲良くしていてほしいと願いが働くが、
 
 そもそも、友人同士で結成したなれそめもなく、超がつくほど仲良くたって、長く経てばいろいろあるもの、こうして、最後に不和が飛び出してきてもむしろナチュラルではないか。ファンとして喜ばしいか別として

 それよりも、ふーん、そうなるの??ってのが、構図的に、4対1になってること。普通、なかなか、5人組で4対1ってならない(笑)どんな状況よ??という(笑)

 事務所だなんだ絡んでるせいではあるけれど、だから、そこがなんかすげぇ。注目すべきポイントじゃないか。

 4は、4で1を説得できなかったの?って思うし、1は1で同調圧力に心折れなかったの?強い精神力だなーって思うな。

 この場合、1が損な気がする。なんとなく、多数派故に4の方が正しく見えるからだ。実際のところは知らない。

 とにかく、解散を経て、木村拓哉の芯の強さ、個の強さが浮き彫りになったと思う。ユダって(笑)ただ、意見が違うだけなのに(笑)ユダ呼ばわりはないわ(笑)
 

 だから、木村拓哉を応援したい。木村拓哉がいちどきSMAPをリードしてきたのは間違いないし、よく知らないが、ジャニーズの歴史のなかでも、木村拓哉ほど重荷を背負った人も中居ぐらいしかいないので(笑)
 人数の少ない方をフォローしたい。小さな声で届かないエールを送りたい。

 



 

 

 

 

 

ボブ・ディラン

ボブ・ディランの件。
別に言わなくてもいいんだけど
なんか瞬間的に興奮したので書きます。

なんか、ノーベル文学賞を受賞したボブ・ディランがしても電話もきちんと取らず、コメントも出さないみたいな「沈黙」を続けていて
 なんか、それに対してノーベル賞の誰なのかは、わからないけど
ムカついて
「無礼だ傲慢だ」だと言っているみたいなことがあるんだとニュースで小耳にはさんだが

それが、ほんとに事実だとすれば
まあ、受賞を取り消すとして
事務的に困るからとか
やってる人にしかわかんない状況も
ありそうだから
ノーベル賞サイドの気持ちもわからなくはないけども

「これって、どっちが傲慢なのよ」って少し言いたい。早く言いたい。

 まず、一番の前提として「ボブ・ディラン って、ノーベル文学賞欲しいって言ったの?」みたいな。
「おねだりしたっけ?」みたいな。

 むしろ、この感じから匂うのは、考えすぎかもしれないが、「俺はノーベル文学賞。世界的権威。無視するなんてどういうことだ。」という声。

 仮の話、もし、そんなつもりだったら、そうだとすると、結果、傲慢になっちゃうのは、ノーベル賞サイドになっちゃうでしょうね。

 たしかに、ノーベル賞ってやつは、超がつくほど有名だし、この社会において特筆して名誉あるもので、かなりの高みにポジショニングされているし、くれるのならほしいし、なんか、くれないかなーって思うけど
 
 もちろん、それを全然名誉と思わない人もいるし、独自の視点や考えから、苦々しく思ってたり、腹立たしく思う人もいるんじゃないの?と思います。

 だから、物の例えとして、いくら、ノーベル賞から電話をせっかくもらっても「壁、直しませんか?」ってしょっちゅうかかってくるリフォーム業者からの営業電話と同じみたいな感覚の人もきっといる。

 そこで、たぶん、リフォーム業者は、「俺は、リフォーム業者だぞ!なんで、電話を取らないんだ!無礼だ、傲慢だ」って思わないと思われる。
きっと、ビジネス顔で淡々と名簿片手に次へかける。
 だから、こういう時に地金が出る。どう思っていたかという隠された自意識が出る。

 要するに「社会的価値」と「個人的価値」がミスマッチなだけじゃなかろうか。
「お前が思ってるほど、相手にとって、お前は、大事じゃない」というか。悲しい話ではあるけれど。

基本的に
こういう賞関係にありがちな罠ですけど
あげる方「えらい」、もらう方「えらくない」 
みたいな上下の図式

それを言うのは野暮というか
賞ってそういうもんだから
だいたいの場合は、この図式でいいんだけど

今回のディランのリアクションは
そうじゃない場合だよと伝えているのではなかろうか。

とりあえず、応急処置的に
賞を「あげます」じゃなくて
賞を「受け取ってほしいのですが、どうですか?」切り替えたら、いいのじゃないだろか。
ていうか、もう、そうやってんのか?やってそうだな。ノーベル賞、ごめん(笑)まあ、言うだけ言おう(笑)

だいたいにして
ファン心理として、反骨の魂みたいなイメージのあるボブ・ディランが、理由はともかく、無視してるのは、大人としてどうかと思うし、「無礼」と言われても仕方がないなぁとは、思うものの

 つい、笑みがこぼれるというか。「やってるな、ディラン」みたいな。天下の痛快事だったりする。裏切らないなというか。また、ディランの場合、それをさらに裏切るパターンもありそうだから、全部、喜ぶけど。
 
 まあ、ほとんどの人が品行方正な方が世の中のくるくるよく回るし、都合がいいから、それでいいし、それでいってほしいけど、やっぱ、ブコウスキーみたいなこういう「ブルジョワの勲章はいらない。」みたいなカマシをする人も硬直した価値観へ一石を投じる意味で必要だよな。と思いますが、どうですかね。

ガキ使「熱血!浜田塾」

 今回の「ガキ使」
何回目になるだろうか。
数えてないから、わかんないけど
けっこうやってるはずの「熱血、浜田塾」。

「たるんだ芸人に活をいれるために、あの人が現れた」みたいな前フリのテロップ

 忘れていたんで「あれ?村上ショージのやつか?」と、自分が普段ぼんやり暮らしている感じが出て、不覚にも思ってしまいましたが、現れたのは、宇宙飛行士の向井千秋さんのご主人みたいなおかっぱ頭ヅラを装着していたあの浜田塾長でした。

 相変わらず、ビジュアルが強い(笑)年々、老化と共に方正を抜いて番組のマスコットキャラクター化が進んでいる(笑)

 なんとなく調べると、過去にNHK で放送された若者の悩み相談的な浜田単体のトークバラエティ番組の名前をガキ使に流用してたのか。知らなかった。今、知った。 それへの遅れてきたイジリもあったとは。NHKも懐深いな。素晴らしいな。なにかのポイントアップ。了解を得られてのことかは、知らないけど(笑)

 番組を最後まで見終わって思ったのは、「これ、ようやく、いつまでも生乾きだったコンクリートが固まってきて、ゴールデンへの道のりが見えてきたのじゃなかろうか(笑)」ということ。 

 その前までは、なんとなく感覚的にまだ手探りでは?というところを感じていました。
 
 ところが、今回から、それぐらいにフォーマットがしっかりしてきたというか、浜田塾でのダウンタウンの阿吽の呼吸が前回を越えてよりバッチリ合ってきた感じがしました。「塾長は、いいぞぉ」(笑)

 二人は、どんなコーナーでも繰り返すたびに巧みに乗りこなしていくベテランドライバーではありますが、この「浜田塾」のダウンタウンがタッグを組んで悪ふざけする感じがたまらなく好きです。


 今回の見所は、ココリコ田中。止まらない部あたりからのココリコ田中大活躍の回というか、浜田塾長の意により、本人の意思に反して強いられた形での活躍。

 特にも止まらない部で「田中、TURBO 入れろ」を執拗に繰り返され、素早い動きを何度も強要されることでヘトヘトに疲れ切り、壊れていく田中のダイナミズム(笑)

 そして、「雄叫び対決」では、田中をもう一段階追い込むように、誰と対決しても「田中勝ち抜け!」で残されていく八百長勝利で田中を地獄へ送り込むあの感じ。

 最後、ウィニングランと言われて、ソロで雄叫びを上げたものの、ネタ切れでスベリ気味になった田中への松ちゃんの「田中の負け!」は、オチが綺麗すぎて、綺麗すぎて鳥肌が立ちました。これは、永久保存の回だなと思いましたよ。

個人的には、「リンカーン大運動会」よりも「熱血!浜田塾」こそ、やってほしいなと思います。

近年、「ガキ使」においての田中のポジション上昇には目を見張るものありますな。そりゃ、ZIP に抜擢されるなと。遠藤も森進一など、面白いですけど。

それにしても、出川哲朗が再評価される中、上島竜兵もモンストやるなよもやってのに、方正さんが活躍してないのは、もったいないというか、悔しさすら感じます。
しかも、今回も「今日はココリコ田中」みたいな流れができてから、方正が手抜きをしてずるい顔をしてたように感じました。そろそろ、裁判もいいのではないでしょうか。

 

タランティーノの「ヘイトフル8」のこと

  
 ヘイトフル8を見終えてすぐに、東京に住むあのマッドマックスを見て、両目からマグマのように赤い血を吹き出していた盟友の顔が浮かんだ。

 「これを見て」と一刻も早く伝えなくちゃと思った。

 劇中の、良識を鼻で笑うグロテスクさ、血は、赤血球とかではありません。紙吹雪ですってな感じの容赦ないヴァイオレンス、これぞタランティーノとばかりに全開な濃厚なケレン味
 
 さらには、映画の舞台が荒木先生のあのスティールボールランをいやがおうにも彷彿とさせる血も涙も乾く武骨な西部劇世界。もう完全に「こんなん好きなんやろ」の範疇で間違いないと骨が軋むほど確信したからだ。

 サミュエル・L・ジャクソンに、カート・ラッセルティム・ロスと揃いも揃った演技巧者の怪人たちの中でも、ひときわ突出していたのは、おいしい役どころではあるのを差し引いても、どす黒い輝きを放っていた一万ドルの賞金首の女盗賊デイジー・ドメルグこと、ジェニファー・ジェイソン・リーだ。

 他人の命や尊厳なんて石ころって感じの堕ちるところまで墜ちきり、腐った香りが逆説的な魅力を持つに至った人間の荒み加減の演技がうまくてうまくて、唾を吐いたり、鼻をかんだり、悪態をつく様子から何からがもう憎たらしいったら、ありゃしない。

 鑑賞中、映画に入りすぎて、ドメルグへの怒りに震えて、何度も、そのへんのゴミを思いきり投げつけたくなった。
 でも、そのモストデンジャラスな屑っぷりの持つ超強力な磁力にまんまとしてやられて終始釘付けにさせられた。

 また、途中でギターをつま弾いてほろっと歌を歌うあたりに、そこから、やろうとしてることはまさに鬼畜の所業なんだけど、その音楽を奏でる姿にちゃんと善良な魂も一ミリぐらいはあるんだよというのがほんの一瞬だけ垣間見れて、デイジーの悪辣なだけではないデュアルな可能性を秘めた人格の奥行きを想像させ、なんとも言えなくなった。

 サミュエル・L・ジャクソンも格好いいし、言うことなしなんだけど、このヘイトフル8は、完全にドメルグで回っているでしょうよと思った。でも、ドメルグ中心の映画と言い切ったら、言い過ぎかな。

 もう十二分に言ってるわと言われたら、無駄に頑張って「それは人による。」と強い目で「どうして、いつも兄貴と比べるんだよ」と父親に反抗の言葉をぶつけるかわいそうな弟ばりに、はっきりくっきりと毅然と答えたいが、言えば言うほどネタバレになるのは、全く、反論の余地もなく、そのとおりっちゃそのとおりなので、このへんで幕引き。

 

「逃げ恥」第2話

 「逃げ恥」。すでに大人気だ。ご多分に洩れず視聴。うーん、いいじゃないか。
 ごめん、ダンスは少し飽きた。なぜならば、録画再生して、いっぱい観すぎた。自分のせい。

 第2話を見てて、思ったのは、何よりもまず、古株の演技派 古田新太が要所要所に絶妙なスパイス効かしてる。たまらないコクを出してる。

 見てて、この人の演技の引き出しはまだまだ深いな、底無しだなと思った。
 
 手をぐっと奥へとつっこむと未使用の演技のバリエーションがドヤドヤ出てきそうだな思わせるところが妖怪じみてて凄い。巧いだけに留まらず、笑わせてくれるからなお素晴らしいじゃないか。帰り際、寝室をチラ見するときのあの動きと表情(笑)

 そして、古くて恐縮だが、我々のマシューこと。このドラマには、藤井隆の存在があった。

 なぜ、今季のこのドラマに?という藪から棒に感は否めないし、いまさら、吉本は、藤井隆をどうしようとしてるの?なんて思うが、そんなのは、さておき。
 
 藤井隆ったらやっぱり顔。あの言葉を超えた破壊力抜群の顔メッセージ。顔が最早LINEのスタンプのように機能している感じ。

 顔芸と言や、世間的にはFUJIWARA 原西やペナルティーのワッキーでしょうが、自分の中ではこの人の顔芸が日本一だと思っています。いつも無条件で大爆笑。ただ、よくわからない刷り込みで、藤井隆を見るとココリコ田中をなぜか同時にセットで思い出します。フジリコとか一緒に番組やってたからかな。

 あと、わざと、不可解にしてるんだろうけど、石田ゆり子の役が不気味。石田ゆり子自体は、相変わらずのタイムレスな輝きだが、役的に今はなんか怖い。感情がわからない。とりあえず、この世の悪を全部電磁波のせいにしそうな狂気を感じる。同じ町内会なら、できる限り、目を合わせたくない。ドラマの中で、今後、どのような役回りを果たすのか、興味津々ではある。

 ドラマの展開としては、「雇用関係」から「恋愛関係」へ発展の布石として「布団のにおい」が重要な役割を果たしたところが、なんかもっともらしくて、いいなと思いました。以上です。来週も見ます。
 

 
 

 

新垣結衣の「逃げれば恥だが役に立つ」

 新垣結衣がかわいいということは、ふつうにテレビを見て暮らしているなら、空気に酸素が含まれていることを当たり前に知っているように、誰もが知っているし、デビュー以来、それこそずっと、そうじゃない人以外には、まぎれもない世間の常識だ。

 しかし、今季始まったドラマ「逃げるは、恥だが役に立つ」を見ると「あれれ?かわいさの階段をさらにもう一段上がったんではないのかい?」とひとかけらのオチョケもない真顔で思うのだ。
 
 実を言うと若き日の出演作たち。「落下女」や「ギャルサー」、「コードブルー」や「全開ガール」とかは、申し訳ないが、あまり興味を持てずにことごとくすいすいスルーしてきた。

 たまに、ラジオをやっていたり、「しゃべくり」などのバラエティーなんかでなんかで楽しげに話す姿はかわいいし、思わずじっと見てしまうのだが、なぜか、ドラマとなると、自分に対しては自然と引きがなかったようで、今までは、サラリと豪快に見逃してきた。

 公私を通じて、いろいろと経験し、年齢を重ね、成長することにより醸し出され始めた何かなのか、それにより演技に奥行きができたのか、「空飛ぶ広報室」あたりから、なんかいいのだ。

 全部のドラマがそう見ればそう見える話だが、わざわざ斜めから見なくてもこの「逃げるは恥だが役に立つ」は、「新垣結衣」を「妻」とするギャルゲーだ。
まったくギャルゲーやったことないけど(笑) ほぼ知識ゼロ。

  星野源が現段階(千原ジュニアが気にするアレは、無視して下さいよ。)では、設定の絡みもあり、大人しく没個性的なのも、それに加速をつけている。視聴者は、星野源の顔をホワイトで消して 、顔ハメ看板みたいに、そこに世間の垢にまみれた自分の美しくはない顔をスポンとはめればあら、不思議、例えソース顔でも誰でも星野源になれるのだ。

 思うに、とにかく、露骨に、ストレートにこのドラマは、新垣結衣の「かわいさ頼み」のとびっきり優秀なプロモーション映像と化しているのだ。

 そこで、思い出すのが、坂上・南キャン山里・バカリズム・オードリー若林の闇4によるバラエティー「ヨロシクこご検討下さい」の新垣結衣の言動だ。

 自分の記憶では、新垣結衣は、若いときに「落下女」という女性の口説き方をコントにした番組で、山里と共演していて、そのVTRを見てのコメントが「ウゲー」だったのだ。

 求められてのこととはいえ、その映像では、新垣結衣は、「かわいいでしょ私」っていう演技をしていたのだ。で、どうも、本人は、それを見て自分って気持ちわるいなと吐くような自意識を持っている様子なのだ。
 
 これは、女優さんでは珍しい部類のリアクションではないか。アラフォーを越えたベテラン女優が昔のドラマ映像に見せられて、含羞の色を浮かべるのは見るのは、よくあるけど
  
 となると、勝手に余計なところまで突っ込んでいくと、今回のドラマは視聴者は嬉しいが、本人的にはどうなのだろうか。ひょっとして、苦々しくやってはしないだろうか?

 しかしながら、たぶん、自分のこと、かわいいと思っている人は、自分のかわいさを客観的に見れない気がするので、「ウゲー」と言える新垣結衣にこのドラマはむしろうってつけであるんじゃないか。